「わたしらしくあなたらしく」

認知症介護標準化実践行動指針 Ver. 2.1

概要

1. はじめに:行動指針の目的と歴史的背景

この行動指針は、認知症介護の標準化と実践のための指針であり、利用者が自分らしく、尊厳を持って生活できる地域社会の実現を目指しています。2013年4月に発行されたVer. 2.1版は、2005年5月の初版から改訂を重ね、認知症ケアの歴史的変遷を踏まえた上で、現在の介護における主要な課題と解決策を提示しています。

認知症ケアの歴史は、1960~70年代の「重篤なケアの時代」から始まり、精神症状や身体的拘束を伴うケアが主流でした。1980年代には「文脈構築型ケアの時代」へと移行し、個別的対応と環境調整が重視されるようになりました。1985年以降は「環境アプローチの時代」として、住まいを基盤とした継続的な暮らしが重視され、1990年代から2000年代にかけては「ノーマライゼーション・人権擁護のケアの時代」へと発展し、認知症の人の人権擁護と地域での暮らしを支える介護の取り組みが始まりました。2000年以降は介護保険制度の導入やグループホームの増加など、多様なケアモデルが展開され、現在に至っています。

2. 行動指針の主要なテーマと理念

本指針は、以下の5つの柱に基づいて認知症介護を実践することを強調しています。

  1. 認知症の人の尊厳を保持する支援: 認知症の人は、一人の人間として、尊厳をもって生きる権利があり、その人らしく生活できるよう支援することが最も重要です。「人としての尊厳の保持」と「あなたを大切に思う」という相互関係を大切にしたケアが求められます。
  2. 一人ひとりを支えるケア: 認知症の人の病状や環境だけでなく、その人の「想い」や「QOL(生命の質、人生の豊かさ、暮らしの質)」を深く理解し、その人らしい生活を支えるための個別ケアを実践します。
  3. その人の立場に立つ: 認知症の人の発言や行動の背景にある「想い」や「考え」を理解し、その人の立場に立って考え、尊重と安全、その人らしさ、安心に配慮したケアを提供します。
  4. ケアの進展は日進月歩: 認知症ケアは日々進歩しており、専門的な知識と技術の習得が不可欠です。現場だけでなく、地域全体で質の高いケアを提供できる専門職の育成も重要です。
  5. 地域における認知症の人の理解に向けた活動: 認知症は誰もが関わる可能性のある病気であり、地域全体で認知症への理解を深め、認知症の人が住み慣れた地域で安心して生活できるよう、家族や地域住民が一体となって支える活動を推進します。

3. 認知症介護の重要な側面

3.1 認知症ケアと職業倫理 (P5-P6)

介護の専門職は、信頼性、誠実性、専門性に基づき、利用者の最善の利益を追求する「信託義務」を負っています。組織倫理、職業倫理、個人倫理の3つの側面から倫理を追求し、利用者と地域社会の双方の視点からケアを実践する必要があります。 重要なのは以下の点です。

  • 自己決定能力の尊重: 認知症の人の自己決定能力を尊重し、意思決定支援を行います。
  • 個別性への配慮: 認知症の人の病気や症状だけでなく、その人の個性、生活歴、価値観を大切にしたケアを提供します。
  • 自己実現の支援: 認知症の人が持つ力を理解し、それらを活用できるよう支援します。「あなたは大いなる人」という想いを込めたケアが求められます。

3.2 生命倫理4原則と優先順位 (P7)

「ビーチャムとチャイルドレスの『生命倫理4原則』」に基づき、以下の原則を介護に適用します。

  • 自律尊重原則: 個人の自己決定の自由を尊重します。
  • 善行原則: 利用者に利益をもたらし、害を避けるよう努めます。
  • 無危害原則: 利用者に不利益を最大限に抑えます。
  • 公正(正義)原則: 利益と負担を公平に配分します。

さらに、「リーマーとローエンバーグの提言」に基づき、ケアを行う際の優先順位を以下のように設定しています。

  1. 生命の保護: 生存に必要なニーズを優先します。
  2. 平等性の保障: 個人や家族が自由で平等な権利を持つことを保障します。
  3. 生活の質の確保: 暮らしの継続(継続・力の発展)の質、人生(大切にされる)の質、幸福感を重視します。
  4. 自律および自己決定の確保: 認知症の場合、判断力低下や自律性が侵害される傾向があることを踏まえて配慮します。
  5. プライバシー保護と秘密保持: 個人情報保護を徹底し、緊急措置が必要な場合を除き、許可なく開示しません。

3.3 認知症の人への接し方とコミュニケーション (P8, P16)

認知症の人が傷つかないように接するための心構えが重要です。具体的には、以下の点が挙げられます。

  • 人として尊重する: 認知症の人は尊厳を持つ一人の人間として接します。
  • 穏やかな対応: 怒鳴ったり、急かしたりせず、心にゆとりを持って接します。
  • 肯定的な言葉かけ: 否定的な言葉を避け、相手の自尊心を傷つけないように配慮します。
  • 非言語コミュニケーションの活用: 笑顔、アイコンタクト、穏やかな声のトーンなど、非言語的なサインを重視します。
  • 過去の経験を尊重する: 過去の経験や記憶を否定せず、その人の話を聞く姿勢を大切にします。

コミュニケーションにおいては、以下の原則が重要です。

  • 「気持ちよい」「心地よい」「うれしい」「楽しい」といった感情を理解する: 認知症の人の感情を汲み取り、共感を示すことで安心感を与えます。
  • ポジティブな言葉かけ: 否定的な言葉を避け、「いいえ」や「ダメ」といった言葉は使いません。
  • 簡単な言葉で話す: 長い文章や専門用語を避け、分かりやすい言葉を選びます。
  • 傾聴と共感: 相手の話をじっくり聞き、その感情に寄り添う姿勢が大切です。

3.4 認知症の病気の理解と行動・心理症状(BPSD)への対応 (P9-P11)

認知症は「物忘れ」や「見当識障害」だけでなく、BPSD(行動・心理症状)を伴うことが多く、これらは本人や周囲のストレス、環境が複雑に絡み合って生じます。 BPSDへの対応では、以下の点が重要です。

  • BPSDの背景を理解する: 症状の背景にある感情(不安、不快感、焦燥感、被害妄想など)を理解し、ストレス軽減を図ります。
  • 環境調整: 快適で安心できる環境を整え、刺激の少ない空間やわかりやすい情報提供を行います。
  • 非薬物療法: 行動・心理症状に対しては、薬物療法だけでなく、生活環境の調整やコミュニケーションの工夫などの非薬物療法を優先します。
  • 多職種連携: 医療機関、介護職員、家族が連携し、包括的なアプローチで対応します。

3.5 高齢者虐待の防止と身体拘束の禁止 (P20-P24)

高齢者虐待は、身体的・精神的・社会的虐待、ネグレクト、経済的虐待など多岐にわたります。身体拘束は、人権侵害であり、原則として禁止されています。

  • 虐待の定義の理解: 身体拘束、心理的虐待、経済的虐待、ネグレクト、性的虐待といった様々な形態の虐待を理解し、その兆候を早期に発見します。
  • 虐待の未然防止: 職員のストレス軽減、倫理観の向上、研修の実施を通じて虐待を未然に防ぎます。
  • 身体拘束の原則禁止: 車椅子やベッドへの拘束、ミトンや身体抑制帯の使用、精神科用薬剤の過剰投与など、原則として身体拘束は禁止されます。緊急やむを得ない場合にのみ、必要最低限の期間で行い、記録と検証を徹底します。
  • 地域社会全体での取り組み: 虐待に関する通報窓口の設置や、地域住民への啓発活動を通じて、地域社会全体で虐待防止に取り組みます。

4. 地域連携と地域ケアの推進 (P28-P29)

認知症の人が地域で安心して生活できるよう、地域社会全体で支える「地域ケア」の推進が不可欠です。

  • 地域づくり: 地域住民、医療機関、介護施設、行政が連携し、認知症の人の生活を支えるネットワークを構築します。
  • 情報発信と啓発: 認知症に関する正確な情報を地域住民に発信し、理解を深めるための啓発活動を行います。
  • 相談支援体制の強化: 認知症に関する相談窓口を充実させ、早期診断・早期対応を支援します。
  • 「地域交流ホームふれて」の活用: 認知症の人と地域住民が交流できる場を提供し、社会参加を促進します。
  • 「SOSネットワーク」の構築: 行方不明になった認知症の人の捜索・保護を地域全体で支援する体制を整えます。

5. その他の重要な項目

  • 医療機関受診の心得 (P25-P26): 認知症の診断は、本人の病状や生活歴を丁寧に聞き取り、家族からの情報も踏まえて行われます。薬物療法だけでなく、早期発見・早期治療、生活習慣の改善、地域での生活支援を重視します。
  • 認知症予防のあり方 (P30): 高血圧、糖尿病などの生活習慣病の管理、適度な運動、バランスの取れた食事、社会参加、知的な活動が認知症予防に効果的とされています。

6. 結論

本行動指針は、認知症の人が「あなたらしく」「わたしらしく」尊厳を持って生きられる社会の実現を目指しています。そのためには、個別性を尊重したケア、倫理的な行動、BPSDへの適切な対応、そして地域社会全体での支援が不可欠です。すべての関係者が連携し、認知症の人が安心して暮らせる地域社会を創り上げていくことが求められます。

「想像し、創造し続ける利用者と地域が羅針盤地域の主体は地域の人人材を救うのは地域のすきな尊重は人と人とのつながりにおいて保たれるもの私たちの尊厳は私たちによって支えられている社会福祉の視点を堅持し流されないとどまらない逃げないあきらめない」 (P43)

この理念に基づき、地域社会全体で認知症の人を支える未来を創造していくことが、本指針のメッセージです。

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